管理人のコミュ障歴 専門学校時代の私 後編

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専門学校時代の前半にも書いた通り、

当時、私は人と話す気はなかったので

自分からコミュニケーションを取るということをしませんでした。

 

 

しかし、学校は全寮制の寮生活で

24時間同級生と同じときを過ごします

 

そこでは、何度も同じ顔を合わせ、共同作業を行うため

何も話さない私に対し、好奇心を持って接してくる人が

次第に増えていきました。

 

 

 

いつ、どんなときでも無表情でいる私を

紳士的だとか、穏やかだとか評価し、

やさしく交流しようとしてくれる人がたくさんいました。

 

(実を言うと、無表情なのは

一ミリも自分の体質の症状を出すわけにはいかないので、

ミスを犯さないように常に意識していたからなのですが。

結局、このことは今でも誰にも言っていません。)

 

 

今までは、同年代の人間など

他人にレッテルを貼ってけなして

遊ぶことくらいしか知らない、

人の痛みなど知らない

どうしようもない人間だと思っていました。

 

 

しかし、そんな彼ら、彼女らの人柄に徐々に惹かれていった私は

「普通に楽しくコミュニケーションがとれればいいのにな・・・」

と考えるようになります。

 

 

ただ、私は当時自分の身体のことを考えることで精いっぱい、

他人との交流など二の次でしたので

やはり積極的にコミュニケーションを取ることはありませんでした。

そして、人とコミュニケーションをまともに取らない期間が長すぎて、

どうやってみんなと同じように人間関係を作れば良いか分からなくなってしまっていたのです

 

 

今までは、別に人と馴れ馴れしくじゃれ合うことなんて

馬鹿らしいとも考えていました。

 

自分の身体のせいで他人に迷惑をかけることで

自分を惨めに思うことはありましたが、

会話ができないことで惨めだと思うことは

ささいなことで、二の次だと考えていました。

 

 

しかし、そのとき初めて

「人とまともに話すこともできない自分は

本当にみじめでどうしようもない。」

という思いが、今まで第一に考えていた病気の事をそっちのけにして

私の頭の中に溢れ、泣きそうになったのでした。

 

 

 

しかし、そんなことを想っただけでは人生は変わりませんでした。

人とまともな会話もできず、まともに友達も作れず、

私は卒業し、社会人になりました。

 

学校でも友達作れず、会社員時代も上司や部下と上手くいかなかった管理人が誰とでも仲良く話せるようになり、人生が思い通りに行くようになった秘訣とは?

 

以前、私は人とまともにしゃべることすらできないコミュ障でした。

その上、一時期は人と話すことはおろか、ヒトの気配を感じただけで怖くなり、涙目になって逃げだしてしまうようなレベルの対人恐怖症でもありました。

 

しかし、どうにか自分の人生を変えたいと思い、他人と向き合うことに挑戦を続けていました。

その結果、対人恐怖症は改善し、また良い会話教材に出会い、正しい会話のコツについて学んだことで、

「誰とでも仲良くなれる」「仕事もケタ違いに上手くいく」ということを自ら経験しました。

   

実際に体験して分かったのですが、コミュ力は、才能ではなく鍛えられます。

そして、「会話術を学ぶことで誰でも自分の人生を好転させることができる」という真実を、産まれて初めて思い知ることになったのです。

 

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